ブログ!七転び八起き

出版編集者→ITスタートアップ起業→事業開発コンサルをやっている太田祥平のブログです。

【出版業界】'20年代半ばに急拡大する出版市場に備える2つのこと

ソーシャル経済ニュースメディアNewsPicksが運営する NewsPicks EXPERT から「業界動向に関するアンケート」との依頼が来ました。

 

「そのアンケートで書いた文章をNewsPicksさんだけに開示するのももったいない!」と思い、出版業界でビジネスを行っている方向けに共有できればと思い、こちらに掲載しておきますね。

2020年代半ば。日本の出版市場は急拡大する

日本の出版市場はグローバルの音楽市場の8〜10年前後のディレイで同じような動向をたどっています。

 

音楽市場がたどった道を8〜10年前後遅れでたどるとすると、2025年ごろには日本の出版市場も急復調が始まると想定します。

 

まず、グローバルの音楽市場について。

  1. ネットの普及による売上減(2000〜2003年)
  2. iTunesに始まるダウンロード販売で活路を見出すも売上反転できず(2004〜2014年)
  3. サブスクリプションの拡大で売上増へ(2015年〜現在)

2019年のグローバルな音楽市場は2004年の規模まで回復しました(2004年20.3billions・2019年20.2billions)。

急拡大する世界の音楽市場

急拡大する世界の音楽市場 
出典 https://www.ifpi.org/wp-content/uploads/2020/07/Global_Music_Report-the_Industry_in_2019-en.pdf

ただ、2000年代初頭と異なり売上の56.4%がストリーミング=サブスクリプションでの売上となっている点が決定的に違う状況。上記グラフの濃紺部分です。

 

次に、日本の出版市場。

  1. ネットの普及による売上減(1997〜2011年)
  2. 電子書籍ダウンロード販売で活路を見出すも売上反転できず(2012年〜2019年)
  3. 電子コミックと電子書籍の拡大で出版市場全体での市場規模が増加へ(2020年)

ただこれは諸手を挙げて喜ぶ事態ではありません。2020年の日本の出版市場の反転はダウンロード販売電子書籍&電子コミックが牽引しているからです。

2020年ついに出版市場が拡大へ

2020年日本の出版市場が増加へ
出典 https://www.ajpea.or.jp/information/20210125/index.html

これはグローバル音楽市場がダウンロード販売で市場規模の縮小を防いだ2011〜2012年の状況と似ています

 

やはり10年前後のディレイという状況といえ、復調が本当のトレンドとなるのは2025年前後と考えます。

読書体験のサブスクリプションサービス

よく言われる「モノからコトへ」に本当の意味で注力したのがSpotifyApple Music・Amazon music。音楽市場におけるサブスクリプションサービスでした。

 

「CDの販売から音楽体験の提供」へ振り切ったことが音楽好きのユーザーに支持されたわけです。音楽好きは以下のように考えるのですから当然です。

 

× 樹脂製のCDを部屋に沢山並べたい
○ 多くの音楽を聞きたい!

 

同様に、読書体験を「紙製の本の販売から読書体験の提供」へと振り切るのが読書体験のサブスクリプション

 

× 紙製の本を本棚に沢山並べたい
○ 多くの本を読みたい!

 

読書が大好きなユーザーが持つ「多くの本を読みたい!」という欲求に真摯に正面から取り組むサービスが読書体験のサブスクリプション出版市場の2025年前後からの拡大を現実のものとする担い手は読書体験のサブスクリプションです。

出版市場の急拡大を阻むリスクは2つ

  1. 街場の書店への配慮から読書体験のサブスクリプションへ取り組む出版社が増えないリスク
  2. 読書体験サブスクリプション版のSEO(Book Search Engine Optimization)が未成熟であることでの消費者の商品選択体験の不完全さ

音楽市場の場合は、街場のCDショップがぺんぺん草も生えないレベルまで淘汰された状況でサブスクリプションサービスが登場→拡大しました。

 

他方 日本の出版市場の場合、書店数が激減する一方(1988年:2.8万店→2016年:0.6万店)1書店あたりの床面積は急拡大(1972年:47平米→2016年474平米)。

 

大規模書店≒書店ナショナルチェーンへの集約が進んでいます。*1

 

したがって、書店ナショナルチェーンのマーケットでの支配力が読書体験のサブスクリプションへ取り組もうとする出版社の判断を鈍らせる可能性はあります。

 

後者「読書体験サブスクリプション版のSEO」は、SEO的な手法を用いた書籍の原稿整理・編集という取り組みが始まるかもしれません。

 

ですが、SEOと違い書籍には「著者」への「ファン」が市場を支えるという側面もあります。したがって、試行錯誤が当面続くと思われます。

出版市場の急拡大に向けて注目する2サービス

わたしは2つのサービスに注目しています。

  1. AmazonKindle Unlimited
  2. シーモア読み放題

前者は言わずもがな。Amazon musicと同じくAmazonが「読書体験のサブスクリプション」も担うと考えられるためです。版元への交渉力の強さもあり街場の書店の抵抗を相殺する可能性も見込んでいます。

 

後者は日本独特の背景ですが電子コミックでの強み。新型コロナ禍の電子コミック急拡大時2020年の8月にかなりユーザーを増やしています。

 

電子コミックで確保したユーザをコミック以外のカテゴリへ横展開し解約率を下げる施策に取り組もうとする可能性に期待しています(コミック以外の一般書自体はすでにシーモアも展開済み)。

読書体験サブスクリプション時代のリスク

ただ、「読書体験サブスクリプション」は必ずしもすべての著者や版元にとっては売上増を意味しません。理由は下記2つです。

【1】特定の著者・版元に売上が集中する可能性。

音楽サブスクリプションサービスで起こったことと同じことが読書体験サブスクリプションでも繰り返すと考えられるからです。上位2割が全体の8割の売上を占めるというパレートの法則どころではなく勝ち組と負け組が色分けされる可能性があります。

 

これは単に有名なアーティストが有利だったというだけではありません。

という側面もありました。出版市場においても、サブスクリプションへの取り組みが先行した著者・版元とそれ以外での格差が拡大する可能性があります。

【2】Book Search Engine Optimizationに備える出版社が有利

出版編集者は原稿の「読みやすさ・わかりやすさ・言葉のリズム感」を重視して原稿の整理や編集を行います。

 

他方、読書体験サブスクリプション版のSEO(Book Search Engine Optimization)の視点で考えると、

  • 指示語や代名詞は減らす
  • 見出しには重視する単語を入れる

…などSEOと同じ手法が有効となる未来も想定されます。

 

つまり、出版編集者とアルゴリズムが重視する原稿の特徴が異なるわけです。

 

それでも、ウェブコンテンツの勝ち組がどうなっているかを考えると「Book Search Engine Optimizationを重視した版元が有利になる」ことは想像に難くありません。

 

なぜなら、出会えなかった本はどんなにいい本でも読者が読むことは無いわけですから。webコンテンツで起こったことと同じです。

 

出版市場が急拡大する2020年代後半。勝ち組負け組の格差拡大は著者・版元ともに見られる現象となるでしょう。

まとめ「急拡大する出版市場に備えてやるべき2つのこと」

  1. 読書サブスクリプションに備えた出版契約書の整備と使用
  2. Book Search Engine Optimizationに備える

「1.読書サブスクリプションに備えた出版契約書の整備と使用」は、前節で触れた「サブスクリプションへの取り組みが先行した著者・版元」となるための1st step。

 

「2.Book Search Engine Optimizationに備える」は、前節で触れた「Book Search Engine Optimizationに備える出版社が有利」となるための施策。

 

この2つを頭に置いて、数年後に迫る市場環境の激変とそこで生まれるチャンスに備えていきたいものです。

*1:書店数とその坪数推移をグラフ化してみる(最新) - ガベージニュース